江戸時代になると、平泉は伊達藩領となります。
この時、伊達正宗を始め累代の藩主は
中尊寺の所有する領地を保護し、
旧跡を保存する事に力を注ぎました。
寺の収入に安堵した歴代の伊達公は
堂社の修理をするなどして中尊寺を
大切にしてきたのです。
現在、中尊寺の参道に立ち並ぶ杉は
樹齢350年となりますが、実は
この老杉は江戸時代に寺領の保護・旧跡の保存に
力を注いだ時に植えられたものです。
更に山内に建てられている高館の義経堂など、
堂の多くは江戸時代に建てられました。
西暦1665年(寛文5年)には江戸幕府による
寺社政策で中尊寺や毛越寺、達谷窟西光寺が
東叡山寛永寺直下の末寺になり、
更に15年後、中尊寺の別当職を兼帯したのが
仙台東照宮別当仙岳院亮栄となりました。
